「カミユ」について

2007/02/12

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カミユのモチーフ

カミユの思想・表現のモチーフを端的に言い表すとしたら、「『神なき世界を生きる不安と苦悩』を、『実存に定位して生きる自由と喜び』」へと転換していく」ことにある(のではないかと思う)。

 

ハイデガー(あるいはヤスパース、キルケゴールら同時代の思想家)が描き出す以下のような近代的実存状況が、カミユ自身の出発点でもある。

 

神という超越的根拠を失った近代人は、価値観・倫理観に対する自明な尺度をもたない。現世のさまざまな不幸がもたらす絶望を解消する心の支えを彼岸に求めることもできない。

(そこから)平均的な近代人は、日常世界においては慣習的な価値観のもとでさまざまなものごとに接する。また、「死」という不可避な運命を正視することなく、「いつかはこうなるだろう」という漠然とした未来への期待のもとに自分自身の生を支えている。だが、そのように生活しながらも「死」という宿命を正視していないことがもたらす不安を心の奥底に抱え込んでいる。そして、たとえば親愛なるものの死、あるいは些細な躓きなどをきっかけに、日常生活を維持していた単調で穏やかなリズムが破綻をきたし、よるべない生を生きるものだという自らの現実が突きつけられる。

 

ふと、舞台装置が崩壊することがある。起床、電車、会社や工場での四時間、食事、電車四時間の仕事、食事、睡眠、同じリズムで流れてゆく月火水木金土、――こういう道を、たいていのときはすらすらと辿っている。ところがある日、〈なぜ〉という問いが頭をもたげる。すると、驚きの色に染められたこの倦怠のなかですべてがはじまる。

……それは同時に意識の運動の端緒となる。意識を目覚めさせ、それにつづく運動を惹き起こす。それにつづく運動、それは、あの日常の動作の連鎖への無意識的な回帰か、決定的な目覚めか、そのどちらかだ。そして、目覚めの果てに、やがて結末が、自殺かあるいは自己再建か、そのどちらかの結末が訪れる。(不条理な論証)

 

ハイデガーは、近代人の日常的なありようを「世人」として、「非本来的な」ものであるととらえる。そして、いったん自分自身がいつも内側に抱え込んでいた(死への)不安へと向き合い、良心の呼び声を聞き取れば、徒に日常をやり過ごすのではない、本来の生のありかたに開かれていくことができるはずだと主張する。

 

しかし、カミユは、「いま自分が生きている場所以外のどこかに本来の姿がある」という発想を拒絶する。カミユにとって、それは「滅び去った神=超越的価値」への思慕が生み出す新たな形而上学と呼ぶべきものだ。(『シーシュポスの神話』にハイデガー「存在論」への直接の批判はない。しかし、キルケゴールやヤスパースらの「神」「超越者」の概念の背後にこうした動機を見出し、批判を加える。)その一方で、近代人の「よるべない」生の実情に真摯に向き合えば向き合うほど、深い絶望に直面することになるし、そこから「(超越的なものへの)反転」が起きてしまう事態の必然性を、痛いほど理解している。

こうした、実存に向き合うことが、逆に超越者を招きよせてしまう思考を、カミユは実存的哲学(実存哲学)と名づける。そして、「その動機は理解できるが、確証不可能な外部=超越に身をゆだねてしまう発想のもとでは、生きるための可能性の原理を見出すことはできない」と考える。それは「哲学的な自殺」と呼ぶべきものだ。「生きることの可能性の原理は、生きていることの内側で見出していくしかない」ことがカミユの思想の基軸にはある。彼は「自殺」の意義を認めない。たとえ(不治の病への感染、あるいは処刑目前という状況のもと)現実の「死」が間近に迫っていても、その(現実には)短い時間において、自分自身の生を展開できるか(肯定的な感情のもとに生を維持できるか)ということに思考(哲学)の意義はあるのだとする。

 

「不条理」(あるいは「反抗」)というカミユの中心概念は、抽象的(攻撃的)な響きをもちながら、心根としては生への肯定的な感情を呼び覚まそうとする素朴な(かつ強い)動機に支えられたものである(と思う)。

 

これまで見向きもされなかったものが、ふと美しく見えてしまう。あるいは、人々が社会的正義のもとに糾弾し、義憤をもって処罰しようとする「犯罪者」の「生の表情」に触れたときに痛みを覚える。「善良な市民」たちがある人間に対して典型的な罪人の像を重ね合わせ、「義憤」という共通感情を共にしようとすることが疎ましく思えてならない。そうした、「みんながそう見ている」「ここではそうすべきだ」ということを念頭に置きながらも、「そう思えない」「そうはできない」自分を見出してしまう。カミユが「不条理」となざす事態はおおよそこうした体験に重なる(と思える)。このことは、「社会」「一般性」との関係のもとに自己の価値観、自己自身のありようを形成し刷新していくという、(近代的)人間にとって不可避な生の構造を的確に表現している(とわれる)。

人は多くの場合、通念や常識に逆立した形で自分自身にとっての「美しい」「ほんとう」を見出す。あるいは「通念」「常識」からいったん離れたのち、自分自身の体験とのつながりのもとに再度その「本質」を見出したとき、その価値を実感する。そうした(あえていえば)「不条理」な事態を経緯して人は生の感触、生きる喜びを体感している。あるいは「生の意味」を深いところから問題化していく。そうだとすれば、「生きる」ことへの可能性の原理を打ち立てることができるのはその場所以外にはないのではないか。

 

「所与の価値・永遠の真理」を喪失したものという視点からみれば、人間(近代的人間の生の条件)は不幸なままだ(「希望」や「真理」を語るために、「超越者」を求めてしまうことになる)。しかし、世界をとらえる基点は自分自身以外にはないということ、自らの実存に即して世界を享受するのだと考えれば、人間はとても「自由」な存在であるといえる。

そうはいっても、その「自由」は簡単に享受できるものではない。人間にとって世界はつねに「不可知」なものとしてあらわれるし、多くの場合抗い難い宿命として時間は展開していく。そうした悲嘆が「自殺」(「超越」へと飛躍してしまう「哲学的自殺」を含めて)という行為を招かないため、カミユは同時代の表現者たち(実存思想家たち)の多くがその限界を指摘した「理性」に、再度価値を見いだそうとする。なるほど「理性」は(人間の体験を超えた)「真理」を(人間の体験のもとに)「認識」するための所与の(超越的な)能力のようなものではない。だが、知覚し、認識することは、人が自らの生を構成するための基本的な行為となる。「超越」に身を委ねず、覚醒し認識し行為すること。その連続性のもとに、世界を享受する可能性がひらける。習慣化した日常的態度のもとではやりすごされていた、事態や事物が独自の光彩や深い感銘のもとにその姿を解き放つ。あるいは宗教的価値規範のもとでは不可能であった、それぞれの実存を生きる他者への深い共感が生まれる。

 

おそらく以上のようなことがカミユ思想の基底にある、のではないかと思う。

 

(以下本文の引用)

……人間の尺度を超えている。だから超人間的なものでなければならぬ、と言う。しかし、この「だから」は余計だ。……ぼくの言いうるのは、なるほどこれはぼくの尺度を超えている――これだけだ。そこからぼくは否定を描き出しはしない、いや、すくなくともぼくは理解不能なものの上にはなにひとつ築きたくない。自分ははたして、自分の知っているものとともに、ただそれだけとともに生きられるのだろうか、ぼくはそれを知りたい。ひとはまたぼくに、知力はここでその思い上がりを犠牲にすべきだ、理性は屈服すべきだと言う。だが、なるほどぼくは理性の限界を認めてはいるが、だからといってぼくは理性を否定はしない、理性の想定的な力は認めているのだから、ぼくは、ただ、知力がその明晰さを保っていられる中道に身を持していたいだけだ。それをしも知力の思い上がりといおうと、それを放棄する十分な理由はぼくには見当たらない

 

死が不可避な唯一のものだというこの事実を除けば、悦びであれ苦しみであれ、いっさいが自由である。いまここにある世界、それは人間が唯一の支配者であるような世界だ。――かつて人間は、死後の世界の幻想によって支配され、拘束されていたのだが。かれの思考の辿るべき道は、もはや自己を放棄することではなく、形象から形象へと飛躍してゆくことだ。かれの思考は繰りひろげられてゆく、――そう、おそらくかずかずの神話のなかで――だが、神話といっても、人間の苦悩の深み以外の深みをもたず、人間の苦悩と同じように汲みつくしえない神話のなかで。それはひとを楽しませ盲目にする神の世界のお伽話ではない。辛い叡智と明日をもたぬ情熱とが集約されている、地上の面貌と地上の行為と地上の劇なのである。

ひとはいつも、繰り返し繰り返し、自分の重荷を見出す。しかしシーシュポスは、神々を否定し、岩を持ち上げるより高次の忠実さをひとに教える。かれもまた、すべてよし、と判断しているのだ。このとき以後もはや支配者をもたぬこの宇宙は、かれには不毛だともくだらぬとも思えない。この石の上の結晶のひとつひとつが、夜にみたされたこの山の鉱物質の輝きのひとつひとつが、それだけで、ひとつの世界をかたちづくる。頂上を目がける闘争ただそれだけで、人間の心をみたすのに十分たりうるのだ。いまや、シーシュポスは幸福なのだと想わなければならぬ。(「シーシュポスの神話」)

 

カミユと「現象学」

カミユはフッサールの「志向性」の概念を、「一般的な通念」の皮膜を通さず「生の世界」に直に触れ合う思考態度を表現したものであるととらえ、その点を自らの「不条理な思考」に連続するものであると見なし評価している。

 

……フッサールの方法は理性の古典的な歩みを否定する。……思考するとは統一することではない。ものごとの現われを、あるひとつの大きな原理という顔つきの下に包みこんで、親しみのあるものにしてしまうことではない。思考するとは、見ることを学びなおすことであり、意識を向けることであり、心象のひとつひとつをそれぞれ特権的な場たらしめることだ。……別の言い方をすれば、現象学は世界を説明することを拒絶し、現実経験の記述にとどまろうとするものである。唯一絶対の真理など存在しない、多数の真理があるだけだと主張する点で、現象学は不条理な思考につながる。夕暮れの風からはじまり、ぼくの肩の上に置かれた手にいたるまで、あらゆるものが、それぞれ真理をもっている。そして、意識がひとつひとつの事物に注意を向けることによって、それを照らし出すのだ。

 

だが、カミユは、現象学の要諦、すなわち、事実性や客観性が「信憑」として成立している様相(超越論的問題)、ある事柄の普遍的意味合いを、個々の実存に定位した「開かれた言語ゲーム」によって記述していこうというその発想のポイント(本質学的発想)をとらえてはいない。カミユのフッサール・現象学理解はおおよそ以下のとおりだ。

フッサールは世界に対する統一的な原理、真理を前提するのが不可能であることを鋭く直観している。しかしそのことにより彼には、「実存的哲学者」と同様の不安(真理なき生を生きることへの不安)に晒されている。そこから、フッサールは、「統一的な真理や原理」は前提できないにせよ、個々の事物・事象には(個々の「体験」を超えた超時間的な)普遍的「本質」があるものだし、人間はこの「本質」を受け止める所与の能力として「理性」を与えられているのだ、というとらえかたを試みる。だが、これは、やはり形而上学的飛躍と呼ぶべきものではないか。

 

……いかなる統一原理も不在なところでも、思考はなお、経験の相貌のひとつひとつを記述し理解することに悦びを見いだしうるということを断言する。……それはそれなりに、まどろんでいる世界を目覚めさせ、精神にとって世界を生きているものたらしめるひとつのやり方だ。だが、この真実という観念を純論理的にさらに拡張し、基礎づけようとすると、つまりこうやって認識の各対象の《本質》を発見しようと意図すると、ひとは経験にその深さを回復させてしまうことになる。

 

なるほど、フッサールにおいてはすべてのものを、ただひとつのもので説明しているのではなく、すべてのものをすべてのもので説明しているのだが、このふたつのあいだに相違があるようにはぼくには見えないのだ。たしかに、意識は個々の記述の果てにさまざまな観念あるいは本質を《結果させる》が、それらを完全なモデルたらしめようとする意図はまだない。しかし、それらが、知覚のいかなる与件にも直接的に現前しているという断言はなされるのだ。

 

……フッサールが、「もしかりに引力にしたがういっさいの物体が消滅したとしても、引力の法則はそのために破壊されることはなく、ただ適応されることがないというだけで、そのまま存在しつづけるであろう」と叫ぶとき、ぼくの眼前にあるのは慰めの形而上学だということが、ぼくにはわかる。そして、かれの思考が明証性への道をはなれて方向転換を行うその曲がり角をみだしたいと思えば、ぼくはただ、フッサールが精神を主題にして語っている類似の論証を再読しさえすればいいのだ。こういう論証である、――「もしかりにわれわれが、心的過程の正確な諸法則をはっきりと凝視することができるとすれば、それらは理論的自然科学の諸根本法則と同じく、永遠かつ不変な姿を示すであろう。したがって、たとえ心的過程がまったく存在しなくても、それらの法則はやはり有効であろう。」たとえ精神が存在しなくても、精神の諸法則は存在する、というわけだ。こうしてぼくは、フッサールが心理学的真実を純理的規則たらしめようと意図していることを理解する。すなわちかれは、人間の理性の総合能力を否定したあとで、その傾斜にしたがったまま、永遠の普遍理性のなかへ飛躍するのである。

……ぼくが……見いだすのは具体的なものの味わい、人間の在り方の意義ではなく、具体的なものそれ自体を普遍化しようとするほど乱暴な主知主義なのである。

 

(フッサールとキルケゴールは)理性の屈服と理性の勝利というたがいに対立する道を辿りながら、結局はともに同じく思考自体の否定へと導いてしまう。これは一見したところまぎれもなく逆説的なことだが、これに驚くのは無意味であろう。フッサールの抽象的な神からキルケゴールの雷でひとを打つ神に至る距離は、それほど大きくはないのだ。理性と非理性的なものが同じく神を説くにいたる。それは、実のところ辿るべき道などどうでもよく、とにかく目的に到達しようとする意志だけがあれば充分にどんなことでもできるからである。抽象的哲学者と宗教的哲学者が、ともに同じ混乱から出発し、同じ苦しみのなかに立っている。だが、本質的なのは説明することであり、ここでは絶対への郷愁のほうが知より強力なのだ。このふたりの哲学者の生きた時代の思想が、世界は無意味だという哲学がもっとも激しく浸透した時代のひとつであり、同時にまたその結論においてもっとも厳しく分裂した時代のひとつである。

 

フッサール・現象学の「超越論」「本質学」の要諦が理解されなかったのは、カミユひとりのことではないようだ。だが、特にカミユの場合、「常識や通念」「イデオロギー」が個々の実存を阻害する事態への「反抗」をもって生きることをモチーフとする表現者だけに、超越が希求される実存的動機を理解するいっぽう、「本質」「普遍性」が(やはり実存の側からの)「信憑」として形成される不可避性には発想が及ばないように見受けられる。もしも「常識や通念」「イデオロギー」などが暴力的に発露される場面が回避される一般条件を高めるための社会思想を構築するのであれば、そういう考察は(モラルや規範、ルールから超越性を抜き取り、実存一般において意義のあるもの、更新可能なものとしていくために)欠かせないはずだとは思う。

 

だが、カミユの思考と表現はその方向へは向かわず、現代的(近代的)状況下での実存の様相を鮮烈に描き出すことにおいて真価を発揮する。

 

たとえば「ペスト」は、近代的人間にとっての倫理の問題の本質を的確に表現している。主人公であるリウー医師は、自分のもてる技術を駆使しながら「生命が救われる」一般条件を高めることに腐心する。だが、「多くの命を救う可能性」のために「個々の命」を犠牲にせざるをえない状況に立ち会い逡巡と苦悩を重ねる。また、ペストで隔離された都市での医療に専心する最中、サナトリウムで息をひきとった妻の死に立ち会えなかったことを深く悔いている。

「神」を信じることのできないリウー医師が唯一行為の指針とするのは自らの「誠意」である。事態をなるべく広い視野から見渡したうえで、最善(と思われる)「誠意」のもとに行為することをマキシムとする。しかし「誠意」という「意味本質」が所与の内実をもたないものである以上、その「本質」は常に自分の経験、他者との関係のなかで問い返されていくことになる。自分がおかれていた状況のなかで、自分のとっていた行為は妥当なものといえるのか。それは果たしてどのような意味をもつものだったのか。親友の命をも奪った一連の災禍が過ぎ、自らは生き残った時点で、彼は、自分たちが置かれていた状況をできるだけ客観的な視点から記述しなおすことを試みる。

そうした実存状況を鮮烈に想い描きながら、この「3人称形式をとった1人称」という特異な語り口をもつ作品は展開されている。

 

「ペスト」のリウー医師は、おそらくカミユにとって現代社会における「良心の可能性」を結晶したものだと思われる。では、「異邦人」のムルソーはどうなのだろう?

 

 

 

供岼柬人」について

未来をもたない実存

すこしして、主人から呼ばれた……

主人はパリに出張所を設けて、その場で取り引きを、しかも直接大商社相手にとり結ばせたい、という意向を持っていて、そこに出かける気があるか、と私に尋ねた。そうなればパリで生活することになろうし、また一年の何分の一から旅をして過ごすことになる。「君は若いし、こうした生活が気に入るはずだと思うが」。私は、結構ですが、実をいうとどちらでも同じことだ、と答えた。すると主人は、生活の変化ということに興味がないのか、と尋ねた。誰だって生活を変えるなんてことはありえないし、どんな場合だって、生活というものは似たりよったりだし、ここでの生活は少しも不愉快なことはない、と私は答えた。主人は不満足な様子で君の返事はいつもわきへそれる、といい、君には野心が欠けているが、それは商売にはまことに不都合だ、といった。そこで、私は仕事をすべく席に戻った。私だって、好んで主人を不機嫌にしたいわけではないが、しかし、生活を変えるべき理由が私には見つからなかった。よく考えてみると、私は不幸ではなかった。学生だった頃は、そうした野心も大いに抱いたものだが、学業を放棄せねばならなくなったとき、そうしたものは、いっさい、実際無意味だということをじきに悟ったのだ。

 

経済の事情で母親を官立の老人養護施設で生活させたことから見ても、ムルソーのくらしは豊かなものではない。でも、よりよい生活をしたい、あるいはより仕事で活躍したいという思いは一切ない。将来のこと、未来の自分像を思い描くより、日々人々やものごととのふれあいからうまれる身体的快を享受することで充足している。

だが、ここでは、かつてはそうした野心を自分自身ももっていたこと、しかし、学生時代なにかの事情のもとに学業を放棄せねばならず、それまでの自分のあり方が一変してしまったことに触れられている。

それが何かは詳説されない。時代的にみると第一次世界大戦が関係していることも考えられる。いずれにしても、将来に期待を描いても状況は一変してしまうのだという強烈な経験が、未来の自分のために今を生きるというあり方への根本的な不信を抱かせたのだろう。だが、そうした宿命はムルソーを絶望させない。過去の不幸によって、こうして不幸な自分になってしまったのだ、という(多くの人ならば、そうするかもしれない)自己解釈を一切試みない。むしろ身体的刹那的な快を享受する生のあり方にひらかれていっている。状況が自分をこうさせたのかもしれないが、自分はこの生を肯定感のもとに生きている、という感じである。

 

享受される世界

……丘は黄色い小石と真っ白なしゃぐまゆりとにおおわれて、既にきつい青をたたえた空の高みに浮き出ていた。防水袋を振りまわすと、花びらが散るのを、マリイはうれしがった。われわれは緑や苔の柵をめぐらして立ちならぶヴィラの間を縫って歩いた。ヴィラのあるものは、ベランダごとタマリスのかげにうずまり、またあるものは、石のあいだに裸の肌をのぞかせていた。丘のへりに出るまでに、既に不動の海の姿が目の前にあらわれ、遠くには、澄んだ水のなかに、どっしりとして睡むような岬が一つ、見えた。モーターの軽快なひびきが、しずかな大気を縫って、われわれのところまでに上がって来る。はるかかなたに、小さなトロール船が、きらきら光る海のさなかを、かすかに進むともなく進んで行くのが、見えた。マリイはいちはつを何本も摘んだ。海の方へくだる坂道からながめると、既に何人か水に入っているのが見られた。

 

「異邦人」のそこここの情景描写はとても美しい。(フッサールの「志向性」の概念を曲解しながら共鳴していたように)カミユは意味づけし価値づけする視点を遮断したとき身体的にひらかれてくるものごととの邂逅を好む。そうした体験を重ね、その印象が刻まれていくことが「生きている」ことの一つの内実ではないか、という感度がある。収監された孤独の中で、ムルソーは自分のすまいにあった事物のひとつひとつを克明に思い起こすことができる。「自己の物語」ではなく、世界を感受していた身体的記憶が、彼の生の感覚を維持していく。

 

「司祭」への憤り

「いいや、わが子よ」と彼は私の肩に手を置いて、いった。「私はあなたとともにいます。しかし、あなたの心は盲いているから、それがわからないのです。私はあなたのために祈りましょう」

そのとき、なぜか知らないが私の内部で何かが避けた。私は大口をあけてどなり出し、彼をののしり、祈りなどするなといい、消えてなくならなければ焼き殺すぞ、といった。私は法衣の襟くびをつかんだ。喜びと怒りのいり混じったおののときとともに、彼に向かって、心の底をぶちまけた。君はまさに自信満々の様子だ。そうではないか。しかし、その信念のどれをとっても、女の髪の毛一本の重さにも値しない。君は死人のような生き方をしているから、自分が生きているということにさえ、自信がない。私はといえば、両手はからっぽのようだ。しかし、私は自信を持っている。自分について、すべてについて、君より強く、また、私の人生にいて、来るべきあの死について。

 

裁判では「親を親とも思わない非情な人間」「周到な計画性をもった殺人犯」という事実無根の罪のもとに死刑を求刑される。だが、「それは事実ではない」ことは主張するが、求刑に対しての抗弁はしない。「偶然」にせよ犯してしまった殺人に責任をとろうという意識はおそらくある。自分の状況を共有可能な物語として(多少嘘をついて)語ろうという意識はまったくもてないが(という点ではかなり異常で、だから死刑になってしまうわけだが)、人への配慮や共感能力は十分に持ち合わせた人間として描かれている(犬を失った隣人への愛惜、殺意をもった友人が事件を起こすのを避けるために実はピストルを取り上げていたことなど)。おそかれ早かれ「死」は訪れるものだし、それがこのときというのならそれを受け入れよう、その「宿命」を前提とし、自分自身の生を最後のときまで自分として生きよう、としている。

そのとき「神による許し」という受け入れがたい世界を持ち込み、自分の実存を消去してしまおうとする司祭に対して、作品中でただ一度の怒りをぶつけることになる。

 

幸福感のもと幕を閉じる生

彼(司祭)が出てゆくと、私は平静をとり返した。私は精根つきてベッドに身を投げた。私は眠ったらしかった。顔の上に星々のひかりを感じて眼をさましたのだから。田園のざわめきが私のところまで上って来た。夜と大地と塩のにおいが、こめかみをさわやかにした。この眠れる夏のすばらしい平和が、潮のように、私のなかにしみ入って来た。このとき、夜のはずれで、サイレンが鳴った。それは、いまや私とは永遠に無関係になった一つの世界への出発を告げていた。ほんとに久し振りで、私はママンのことを思った。一つの生涯のおわりに、なぜママンが「許婚」を持ったのか、また、生涯をやり直す振りをしたのか、それが今わかるような気がした。あそこ、幾つもの生命が消えてゆくあの養老院のまわりでもまた、夕暮れは憂愁に満ちた休息のひとときだった。死に近づいて、ママンがあそこで解放を感じ、全く生きかえるのを感じたに違いなかった。何人も、何人といえども、ママンのことを泣く権利はない。そして、私もまた、全く生き返ったような思いがしている。あの大きな憤怒が私の罪を洗い清め、希望をすべて空にしてしまったかのように、このしるしと星々とに満ちた夜を前にして、私ははじめて、世界の優しい無関心に、心をひらいた。これほど世界を自分に近いものと感じ、自分の兄弟のように感じると、私は、自分が幸福だったし、幸福であることを悟った。

 

好意を寄せてくれているマリイに対して「おそらく愛していない」と語ってしまう(ほど病的に自らの感情と言動の一致に固執する)主人公だが、母親のことは「愛していた」という確信をもっている。たぶん互いの実存に深く配慮し合える関係を実感していたのだろう。自分自身の死が迫っているときに、母親の晩年のことに思いがめぐる。そして、母親が感じていたであろう幸福感を確信し共有できることで、喜びの感触が自分自身のなかにも沸きあがってくる。人の「悲惨な生」ないし死を勝手に憐れむべきものではない。母親にしても自分にしても、こうして確かな幸福感のもとに人生の幕を閉じていくことが「できる」。

 

明確な人生の目的を思い描けないまま生きざるをえない時代状況は、現代にもそのままつながる。だが、カミユ=ムルソーが生きた時代は社会不安、政情不安などもあり、刹那的な生を生きざるを得ないという事態がひときわ深刻なものだったのかもしれない。共有可能な「物語」への拒絶感や、死体に向けて4発の銃弾を打ち込んでしまう「暗い衝動」を人に抱えこませるような「時代の闇」を描こうとすれば、それも一つの作品となっただろう。

しかし「異邦人」は、「神なき時代」を生きていくことの可能性、肯定感をもって自分自身の生を生きていくことの可能性をひたすら表現した作品である(と思える)し、その点に自分は感銘を受けている。

 

以上