きょういくをテツガクする

         日本標準「きょういく@コム」より

 

  もくじ

@ なぜ学校では、もっと子どもの個性をのばす教育をしてくれないの?

A 学校や他人とのつきあいは疲れるという子が増えている。なぜだろうか?

B 今どきの子どもには、我慢や奉仕をさせることが必要――なのだろうか?

C 現代の私たちがめざすべき“公共心”って、どんなものだろう?

D “個別的な体験世界”と“客観的な科学世界”どちらが「ほんとう」なのだろうか?

E 子どもたちを満足させる一人遊びと愛情関係…それだけで充分なのだろうか?

F 教育をめぐるさまざまな意見……これを“どこから”考えていけばいいのだろうか?

G 「いじめ・不登校・学級崩壊…子どもたちの問題行動≠フ原因はどこにあるのだろうか?」

H 失われてしまった勉学の意味…これをどうやって再構築すればいいのだろうか?

I 教育の「あるべき」姿をめぐる意見の対立……これをどう考えればいいのだろうか?

J 「自由な個人」と「社会の一員」、この二つの立場は対立するものなのだろうか?

K いったい、なんのために「学校」はあるのだろうか?

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 いったい、なんのために「学校」はあるのだろうか?(その2)


  


1 なぜ学校では、もっと子どもの個性をのばす教育をしてくれないの?

 〜そもそも教育って「何のために」行われるものなのだろうか

 「子どもの個性を大切にしたい、個性を育てるのがほんらいの教育ではないか」という意見をもつ人が多くいる。ぼくじしんも、かつて集団秩序を強制されたことや、成績という一元的尺度によって評価されたことを、苦々しく思い出すほうである。

 この個性重視の意見は、しかし、「学校」とはなかなか折りあっていかない。学校とはそもそも、集団のルールや一定の学習内容を子どもに「与える」ものであって、一人ひとりの欲求や状態にぴったり合った教育を行うものではないからだ。ではいっそ、学校を廃止して個人授業を基本とすべきなのだろうか?

 しかしそうした具体論の前に、ちょっと大きく構えてみよう。狩猟採集中心の部族でも江戸時代でも、どんな社会でも教育はありつづけてきた。ではそれはいったい「何のために」行われてきたのか、と問うてみよう。

 ぼくの答えは簡単。「一人前の成人となってその社会で暮らしていけるようにするため」というものだ。江戸時代のように子どもが親の職業を継ぐのが普通の社会では、親が最大の教育者であって、農民なり職人なりに必要な一定の技能と知識を、そして他者との関係能力(ルール感覚)を、子どもに体得させていたはずである。そこから、〈教育とは、社会の一員として生活するために必要な「技能・知識」および「関係能力」を体得させることである〉と定義できるだろう。

 この定義には「個性」という言葉は含まれていないが、しばらく前までは日本社会でも個性はあまり問題ではなかった。もっぱら「一人前になって自立して生活できること」が大事だったのだ。貧乏という言葉が生きていたころ、学歴は貧乏から脱するための重要な手段であり、集団行動の訓練も会社その他の組織で生きていくために必要なことだった。社会全体がその必要性を認め共有していたからこそ、子どもの側もそうした「強制」を受け入れていたのである。

 ではなぜ、その必要性の感覚が失われ、代わって「個性」という言葉が浮かび上がってきたのだろうか。

 ひと言でいえば、「豊かな社会」が到来したからである。経済的な豊かさと高学歴が広く行き渡ってくれば、貧乏を脱するという勉学への強い動機もなくなる。さらに、子どもも大人と同じように個人的な「消費生活」を楽しむようになり、快楽主義的・個人主義的な生の感覚をもつようになっていった。

 こうした生の感覚の変容に伴って、かつての学校教育が二本柱としていた「よりよい学校に進学するための勉学」と「集団主義的なルール」は、しだいに 嫌なもの・めんどうくさいもの になっていった。学校教育の秩序が解体しはじめ、そこに「個性」を教育のめざすものとする考え方も生まれてきたと考えられる。

 しかし個性重視の思想は、かつての教育に対する「反発」ではあっても、教育の新たな「柱」を積極的に提起するものではない。必要なのは、新たな柱をうち立てることなのだ。現代の個人主義的な生の感覚と社会の実状に見合ったかたちで、何が「必要な技能・知識」なのか、何が「必要な他者との関係能力」なのかを、日本社会全体として考え直し、共有していく必要がある。

 学歴信仰が壊れた現在、ただ勉強することに子どもたちは納得しない。「これはほんとうに生きていくために必要なことなんだよ」という仕方で、親も教師も、一定の学習が必要なことを子どもたちに納得させなくてはならない。そして、命令のもとに素早く動く集団的な行動能力よりも、互いの都合を出し合いつつじょうずに調整していくようなルール感覚を育てることが、何よりも必要となってくると思う。

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 学校や他人とのつきあいは疲れるという子が増えている。なぜだろうか?

   〜自分たちにとって心地よい場所や関係に変えていくためのルール感覚を身につける

 いま、ひきこもりをはじめとして、「他者との関係能力」にトラブルを抱える若者たちが多くいる。しかしそれは、若者だけの問題ではなく、かつての他者関係の取り方を失ったにもかかわらず、それに代わるものを獲得しえていない現代の日本人全体の問題なのだ。小学校の学級崩壊や中学校の「荒れ」も、こうした視点から捉え返す必要がある。

 かつての他者関係ということでぼくがイメージしているのは、周囲の空気を微妙に察知して、そこに自分を同調させていくやり方である。農村共同体でのこうした気遣いのわずらわしさから、戦後の日本人は解放されようとしてきた。他者から邪魔されずに音楽を聴いたりできる、自分だけの時間と空間を求めた日本人は、ぼくも含めて大なり小なりオタクになった。

 しかし私たちは、他者関係や集団性じたいを心地よく自由なものにしていくためのルール感覚を身につけてはいない。他者や集団は、あいかわらず同調すべきもの=疲れるものであって、一人になったときにはじめてホッとできる、という人は多い。

 しかもこの傾向は、近年ますますひどくなっているように思う。少子化が進み、一人遊びのアイテムが十分に用意され、地域での子ども社会も解体してしまった現代では、関係能力を身につける機会が減ってきたからだろう。

 では、現代の子どもが身につけるべき 関係能力=ルール感覚とは、どのようなものか。

 第一に、ルールは最初は親や教師から与えられるが、次第に、ルールの必要性を子ども自身が了解していく必要がある。第二に、集団活動を行う上で不必要・不都合なルールを、よりよいものに改変していく能力を身につける必要がある。集団への同調ではなく、不都合をはっきりと言葉にしながら共有していくことが大切だ。これを、ルール改変の能力と呼ぶことにしよう。

 ではこれをどうやって身につけるか、ということだが、やはり学校に大きな役割を果たしてもらわなくてはならない。知識授受の面では多くの代替手段があるが、コンピュータでルール感覚を体得することはできないからだ。だが、この面からみたとき、いまの学校にはいくつもの問題がある。

 @集団のさまざまなルールの基礎になるのは、「何のための」集団かということだ。しかしいま、「何のために学校に行くのか」は子どもたちのなかに明確な像を結んでいない。これが子どもたちのルール感覚をひどく損なっているのは確かだ。

 この点については、勉学は「自分の将来の生活のために」必要なのであって、優劣を競うものではない、という感覚が社会的に(教師にも親にも子どもにも)共有されるべきだと考える。それぞれがそれぞれのペースで、ということが、制度的にも可能になったほうがよいと思う。

 A中学校での「校則」には、その必要性が疑わしいものがたくさんある。これは、生徒たちがルール改変のプロセスを学ぶ体験として活用すべきだ。親や教師とも話し合いつつ、無意味なルールを変更しようとする経験は貴重である。

 B集団のルールの必要性を学ぶのには、集団的なスポーツや労働のように、共通の目標をそれぞれが役割を果たすことによって実現する、という経験が有効である。しかし学校の目的は一人ひとりの成長にあるので、共通の目標を直接にはもちえない 弱みがある。

 昭和三○年代には、子どもたちは原っぱに集まり、その場でルールをつくったりつくりかえたりしながら遊んでいた。子ども社会の消滅とは、自由にルールをつくりあげていく空間が消滅したことを意味している。私たち大人は、そうした場所をどうやって子どもたちに用意するか、を考えなくてはならないのである

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3 今どきの子どもには、我慢や奉仕をさせることが必要――なのだろうか?

   〜子どもたちの個人主義的な生活感覚に見合ったかたちで、新たに教育の課題を考える


 「ボランティア活動など社会奉仕体験活動、自然体験活動その他の体験活動の充実」ということが、六月の学校教育法及び社会教育法の改正のなかで決定された。これがどのような発想のもとに実施されるのかが、気になっている。

 というのは、これはもともと、森前首相の諮問機関であった教育改革国民会議が打ち出した「奉仕活動の義務化」の方針を、「和らげて」成立したものだからだ。〈少年による凶悪犯罪、ひどいいじめ、学級崩壊といったモラルの崩壊は、豊かな社会のなかで戦後民主主義によって権利と自由ばかりを教えられた子どもたちがきわめて自己中心的になったからだ。奉仕活動の義務化は、国家によって守られている以上国家に奉仕する「義務」があること、質素な共同生活のなかで「我慢」をすること、他人に「奉仕」することの大切さ、他者との「協力関係」などを教えることになる〉というのが国民会議の主旨である。そこには、軍隊的な厳しい組織のなかで少年たちのワガママな性根を叩き直したい、という感覚がある。

 ぼくはこれは、現代社会の実状を見失った、危険な議論であると思う。

 そもそも、自分のやりたいことを大事にしてよい、という意味での「自由」な生き方が認められるようになったのは、決して悪いことではない。それに子どもたちは、消費社会の進展のなかで、幼いころから自分の好みや楽しみを大事にする個人主義的な生活感覚を身につけている。こうした趨勢を逆戻りさせることは不可能なのであり、むしろ必要なのは、こうした個人主義的な感覚に見合ったかたちで、新たに教育の課題を設定しなおすことなのだ。その点に関して、重要なポイントが二つあると思う。

@「自己への配慮」の能力を育てること

 現代社会で生きていくために必要な能力の一つは、自分の生き方のスタイルや価値観について「考える」力である。――どういうことが自分は「好き」か、何を自分は「大切」にしていきたいか、どういうペースで生きていくのがよいか。また実際に生計を立てていくにはどういうやり方があるか。知識の獲得だけでなく、こうした“自分自身を配慮する”力が育つように支援する必要がある。

 具体的には、生き方や価値観について考えたり、書いたり、議論しあったりする時間があるといい。たとえば何かの論説文に対する自分の意見を小論文にまとめる、というような。教育改革国民会議は「道徳教育の必要」ということも強調しているが、特定の道徳観の強制は現代社会にはなじまない。考えを他人と交換することを通じて、一人ひとりが自分の価値観を形づくっていく、そうした場こそが必要なのである。

A「ルール改変」の能力を育てること

 自発的に共同関係をつくりあげ、必要があればそのあり方を改変していく能力が大切である。体験活動は、その点で大きな寄与をなしうるかもしれない。「共通の目的」に向かって活動し、そこにそれぞれが自分の「役割」を見出し努力することを通じて、互いに「承認」しあう歓び――「よくやったね」とほめてもらったり互いに信頼感を抱く歓び――や、共通の目的を「達成」する歓び、といったものが得られるならば、それは将来に向かって大きな糧となるはずだ。

 その点からみて、与えられたルールと役割を我慢して遂行するような、“軍隊的”な組織体験はふさわしくない。現代人が獲得しなくてはならないのは、自発的にともに場面をつくりあげていく力、つまり、ルールや役割じたいをも必要に応じて改変していく力だからだ。たとえば、「自分は嫌だ」といい放つのではなくて、ルールの不都合さを皆にきちんと「表現」し、新たなルールへの「合意」をつくりあげる力。

 「体験活動の充実」はこうした力を育てるように、活用されるべきだと考える。

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 4  現代の私たちがめざすべき“公共心”って、どんなものだろう?

〜「新しい公民教科書」の主張する公共心 について検証してみる

 扶桑社の「新しい歴史教科書」が話題だが、その姉妹編の「新しい公民教科書」のほうを読んでみた。国家と個人の関係についてどのように書かれているか、調べてみたかったからだ。

 この本も他の教科書と同様に、まずは「民主主義と人権」の思想が現代の基本的な価値となっていることを述べ、さらに日本国憲法の条文を詳しく説明していく。しかしそのさい、以下の点を強調しているのが特徴となっている。

 @「民主主義と人権」の意義よりも問題点が強調される。――他の教科書では、これらを歴史的に人類が獲得してきたきわめて重要な価値と認めた上で、人権の思想を社会生活のなかで生かすべきこと(たとえば故なき差別の撤廃)が述べられるのに対し、「新しい教科書」では、それらの価値を認めつつも、人権の思想が私的利益のみを追求する結果になりがちであることや、民主主義が衆愚政治になりがちであることがくりかえし指摘される。

 Aそこから、「私」よりも「公」を重んじる必要が強調される。そして、公共的精神をもつ「公民」になるためは、自国の歴史を学ぶ必要、国旗・国歌に対する愛着(=国に対する愛着)の必要が語られる。

 この考え方によって、公共心は育つのか。そもそも「私」を押さえて「公」を大切にするのが、現代の私たちがめざすべき公共心といえるのか。このことを今回は考えてみたい。

 まず、人権の思想が公共心の解体を招く、という見方に反論したい。近代の人権思想は、人が私的な幸福を自由に追求することを「権利」として認めるところから出発する。そして、私の自由と幸福のためには、他者のそれを認めねばならなくなり、相互に自由が衝突しないように一定のルールが必要となる、という順序で考えていく。

 つまり、「公」(地域や国家)のために「私」の自由を押さえるのが公共心だ、という考え方をとらない。むしろ私の自由のためにこそ他者の自由もルールも尊重しなくてはならない、という考え方をとる。近代的な公共心は、自由や平等の権利が社会の至るところで実現されているかどうか、また社会の法律が「対等な人々の共存」にとって真に必要なものであるかどうかを配慮するような心構えなのだ。それはまた、ただ法律に従うのでなく、不都合な法律があればそれを改変してよりよいものにしようとするような心構えでもある。

 ぼくが見た他二社の教科書(展示会本)は、「ルールの必要性」とともに「ルールを適切に変えていく必要」についても述べているが、「新しい教科書」はその点の言及がなく、「自分の自由をある程度までは犠牲にしてもやむをえないという心構え」(市販本p.34)だけが述べられる。大日本帝国憲法における「公益優先」の危険を身をもって体験したのが私たちの歴史なのだから、法律が自由の制限を求める場合、そこに十分な理由があるかどうか考える態度が大切であることを教えるべきなのに、と思う。

 また、「新しい教科書」が、公共心育成のためには歴史に学べ、といっているのも、よく理解できない。明治維新の元勲たちの献身的行動を想定しているのかもしれないが、しかし、公的な事がらへの「献身」はあくまで個人の自発性にまかされるべきものであって、教育の場面で重要なのは、基本的なルール感覚を実感的に体得できるかどうか、のほうである。

 不必要なルールを廃し新たなルールを提案して皆を説得する。その過程を通じて、自分たち(クラブ、クラス、学校等)が気持ちよく活動するためにはルールが必要であるという実感が得られる。このような実感のうえに、地域の問題や広く社会の問題に関心をもつような心構えが育っていく。――こうしたことが教育においては本筋であるべきだ、と考える。


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 5“個別的な体験世界”と“客観的な科学世界”どちらが「ほんとう」なのだろうか?

   〜「ほんとう」とは、みずからの経験を「言葉」によって確かめるなかで形づくられる

 心理学者の小沢牧子さんは、学校教育とは、ミュラー・リヤーの図を見せて「ほんとうは長さは同じだ」と教えるようなものだといっている(『心理学は子どもの味方か』古今社)。

 それは「客観的・科学的なものごとのとらえ方を「上」に置き、肉体的・感覚的なとらえ方を「下」に位置させて、事象のふたつの姿に上下関係をつける」。学校が求める「学び」は、「いまここの個別体験の世界」から子どもをひき離して、「記号的・普遍的・抽象的な、数や文字の世界」へ連れていくことを目的とするものである。そこでは、ふたつの世界を行き来して「身体が納得するかどうかを確かめながらゆっくり世界を広げていくことが許されない」。

 もちろん小沢さんは、数学や科学がそれじしんとしての面白さや豊かさをもっていることや、それらが社会生活において有用であることを「否定」しているのではない。私たちの一人ひとりの「身体的・個別的な体験の世界」と「客観的な数学的・科学的世界」とが対立させられ、後者こそが「真理」であり「科学的」なものであって人はそちらに近づくべきだ、という構図。これが学校での学びのなかに根深く存在していることを指摘しているのだ。

 「どちらの世界もほんとう」なのであって、一人ひとりの「個別体験の世界」と「身体の納得」が大切にされなくてはならない、という小沢さんの意見にぼくも共感するが、一つ付け加えておきたいのは、「言葉」というものの役割について、である。

 小沢さんの意見では、数も文字もともに「抽象的な世界」の側に入れられている。たしかにその通りで、早い時期から文字という「記号」が読めたり、大人たちの言いまわしを使える子どもがほめられる。そして「ただしい」漢字の書き方や言葉の使い方が教えられる。しかし言葉は、個別的な体験を単に抑圧するような「抽象性」にとどまるものではないと思う。

 個々人の苦悩、悦び、怒り、「嘘だ!」というような思い。言葉は、そうした体験を深く見つめることを可能にするものでもある。たとえば私たちは、日記という仕方で、また短歌や詩や小説や批評文といった仕方で、みずからの個別的で感覚的な経験や思いを言葉にする。そうすることで、私たちはみずからの経験をたどりなおし、その核心を確かめているのだ。

 言葉はまた、他者とのつながりを可能にする。言葉によって、私たちはみずからの経験や思いを他者に伝え、時代も場所も異なるさまざまな人たちのそれを感じとることができる。こうした自身の経験の確かめと相互の交換によって、私たち一人ひとりはみずからの価値観や生きる方向を育て、またつくりなおしていく。

 いま、学校では「生きる力」という標語のもと、知識偏重から問題解決型の知性へ、ということがいわれ、来年からは「総合学習」もはじまることになっている。しかし、これまでの教育に決定的に欠けていたものは、一人ひとりが言葉を通じてみずからの価値観と方向とを形づくることが大切だ、という認識ではなかったろうか。そうした認識をもたない限り、新たな試みもなかなか実を結ばないように思う。

 近代社会は、個々人に自由な生き方を可能にした。職業も生き方も自由に選んでよい、ということは、それまで窮屈な生き方を強いられていた人々にとっては大きな悦びだったはずだ。しかし現代を生きる若者たちは、生き方も価値観も与えてもらえない不安を抱えているように見える。

 「欧米に追いつけ追い越せ」といったかつての世界像が崩れてしまった現在、私たちの社会における教育は、「言葉」の世界を豊かにすることによって子どもたち一人ひとりがみずからの価値観を形づくることを支援する、そうした視点から作り直されるべきだと考える。


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6 子どもたちを満足させる一人遊びと愛情関係・・・それだけで充分なのだろうか?

  集団や社会のなかで“役割”を果たすことの意味をあらためて考える

 ぼくは学生のころ、「役割」という言葉が嫌いだった。「役割を担う」ことは、自分の全体を破壊し一面化するように思えた。集団に埋没することへの恐れもあったかもしれない。そして何より、ほんらいの人間関係とは、一人の個人の「全体」を認めあう関係であると思っていた。

 いまも、そうした関係が必要不可欠だという思いは強い。妻や、何人かの友人たちとの関係は、「愛情の関係」ないし「生死を気遣いあう関係」ともいうべきものであって、生まれ死んでいく一個の存在としての互いを気遣い、配慮しあっている。

 しかし他方で、人の生はそうした関係だけでは足りないと思っている。集団や地域や社会のなかで求められる役割を果たすことも必要なのだ。“よい仕事”をしていると自分のことを思える(自分に対する誇り)、そして他者からもそのように認めてもらえる(他者からの承認)ということが、そこには含まれているからだ。

 年末のNHKのテレビで、アフリカ人のある家族の生活を見た。十歳くらいの男の子が大切な山羊を一匹逃がしてしまうが、翌日には山羊の出産を上手に手伝い成功させる。父が「昨日はだめだったが、今日はとてもよくやった」と褒めると、男の子はほんとうにうれしそうな顔をするのである。

 それを見ながら、現代において「役割と承認の関係」を身につけることの難しさをあらためて思った。近代以前の家族はともに働く共同体でもあって、子どもたちは小さいころから何かの役割を与えられ、自分が不可欠な部分を担っているという意識を自然に身につけていっただろう。それに対して、現代の家族は生産を欠いた消費の場であり、愛情関係へと“純化”されてしまっている。そして個室のなかには一人遊びの道具が豊富に用意されている。学校では「勉学」という目標が与えられるが、それはあくまでも個々人の目標にすぎず、自分が不可欠な部分を担っているという意識は育ちにくい。

 もちろんぼくは、昔に戻れといいたいのではない。私たちの社会は、生まれながらに役割が与えられるような(「農民の子は農民」であるような)社会ではなく、一人ひとりが長い教育を経たうえでみずから仕事を「選択」することを前提としているのであり、過去への単純な回帰は不可能である。しかし教育のあり方を思い描くとき、子どもが成長するなかで何かの役割を担い、責任と誇りと他者からの承認とを獲得していくという過程を視野に入れることは、大切である。よくいわれる「個性の発揮」が教育の目的として不十分なのは、そうした過程を視野に入れていないからである。

 役割は、しばしば個性の発揮と対立するものとみなされる。しかしそうではない。役割とは、言い方を変えれば、「持ち場」である。持ち場は責任の意識をもたらす。そして持ち場を担おうとするからこそ、自分なりのやり方で“よりよい仕事”をしようと工夫したり、都合の悪いルールを改めようとする意欲が生まれる。個性とは、仕事を担い・自分なりに工夫し・何が“よい仕事”かを考える、そうした努力を通じて滲みだしてくるものと考えたほうがよい。

 七十年代までの日本人は、家のため・社会のために尽くす(=役割を立派に果たす)のが人として当然である、という感覚をもっていた。ぼくが学生だった八○年ころを境にして、私たちは「社会や家のために生きるのではない。個としての悦び・充実感を味わうために生きるのだ」という姿勢に大きく転換していく。しかしいま、人生の悦びと充実のためには一人遊びや愛情関係だけでは足りないということを私たち大人はあらためて認識し、そこから教育の姿を考え直さなくてはならない。


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7 「教育」をめぐるさまざまな意見…これを“どこから”考えていけばいいのだろうか?

〜 まず、議論の土台となる“出発点”からあきらかにしていこう



 この「教育をテツガクする」のコラムも、もう第七回目。これまで書いたものをあらためて読み直してみたら、いちばん大切なことが抜けていたなあ、と思えてきた。

 皆さんもご存じのように、「教育」をめぐってはさまざまな意見が渦巻いている。いま「ゆとり」と「生きる力」を標語とする教育改革が進められ、今年から「総合的な学習」が全国でスタートする。この改革は「かつてのような知識の詰め込みはよくない、生徒それぞれが体験的に発見し考える主体的なプロセスを大事にすべきだ」という意見にもとづいているが、他方では、学力低下を懸念しつつ「一定の知識をきちんと教えなければいけない、基礎・基本が大事だ」という意見もある。「総合」の授業の進め方について不安を抱く教師の声も、あちこちから聞こえてくる。

 このようなさまざまな意見の渦のなかで、私たちは、足が地についたしっかりした考え方をどうやって形作り、共有していくことができるのか。そもそもどこが共有しうる出発点となるのか。―いま必要なのは、こうした根本的な問い方なのだと思う。ぼくも新規まき直しの気持ちで、単なる「意見」の提示ではなく、共有できる土台を一つひとつ固めていく、という心づもりでこのコラムをやっていきたい。

 さて今回は、なるべく手前に遡って、「共有できる土台」になりそうなものを探してみることにしたい。〈そもそも、なぜこんなにも、教育が注目され語られるのか?〉まず、ここからスタートしてみよう。
 ぼくの答えは簡単。〈教育に関する論議を沸騰させているのは、少年たちの現況に対する危機意識からである〉というものだ。

 この答えには、多くの人が賛同してくださると思う。八○年代になってから、いじめ・不登校・学級崩壊・高校中退・援助交際・少年の暴力事件といった、少年に関わるさまざまな問題がクローズアップされてきた。これらへの危機意識が、「教育に原因があるはずだ、教育をなんとかしなくては」という焦燥にも似た思いを生みだしているようにぼくには思える。

 いま押し進められている教育改革も、少年たちの諸問題の原因を「受験競争」に求めるところから生まれてきたものであることを、教育社会学者の苅谷剛彦さんはていねいな実証を通じて示している(『教育改革の幻想』ちくま新書)。苅谷さんによれば、教育に関する多くの人々の認識は「受験競争→詰め込み教育(役立たない知識の暗記だけの勉強)→点数による子どもの一面的な評価→成績や序列化や受験によるストレス→教育問題の発生」(同書P・118)というものであって、そこから、教育問題の発生をくい止めるには、受験競争を緩和し(ゆとり)詰め込みでない主体的な学び(生きる力)が重視されねばならない、という論理が導かれるのである。

 苅谷さんは同書のなかで、受験競争が子どもたちのゆとりを奪い大きなストレスを与えているという常識に対し、現在では受験競争は大幅に緩和されていること、かつ、もっとも受験の厳しかった一九五○年代末から六○年代においても、受験生は必要な睡眠時間を確保し受験を肯定的に受けとめていたことを示している。つまり、少年たちの諸問題が「受験のための教育」から発生するという認識は、現実とは大きく食い違っていたのだ。

 さらにいえば、「教育が悪いから少年に問題が起きる」という見方がそもそも疑わしいのではないか。先取りしてぼくの考えをいえば、少年たちの諸問題は、基本的に教育現場の責任ではなく、“世界像の危機”ともいうべき日本社会の構造変化から産みだされたものなのである。〉次回は、この“世界像の危機と勉学の意味喪失”というテーマを取りあげます



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8 いじめ・不登校・学級崩壊…子どもたちの“問題行動”の原因はどこにあるのだろうか?

〜 原因を教育にだけ求めるのではなく、日本社会全体の変化の中で考えてみよう


 前回の議論をふりかえっておこう。教育を変えねばならない、という焦燥にも似た思いが私たちのなかにあるが、それは、八○年代以降目立ってきた少年の問題行動(いじめ・不登校・学級崩壊・高校中退・援助交際・少年の暴力事件等々)からきている。そして現在の教育改革は、問題行動の原因を、受験競争が子どもたちのゆとりを奪い大きなストレスを与える点に見ているが、現実には受験競争は緩和されていてこの考えは当たらない、ということを述べた。

 そこで今回は、問題行動の原因とは何か、を考えることにしたい。
 日本社会では、一九八○年くらいを境にして、それまでの「後発近代」的な世界像が壊れてしまい、いわゆる「豊かな社会」が訪れた。少年の問題行動も、そうした日本社会全体の構造変化の一環とみなしてはじめてその意味がはっきりする、というのがぼくの意見である。

 まず、後発近代的な世界像の壊れ、について簡単にスケッチしてみよう。
 明治から一九七○年代までの日本人の基本的な世界像は、国家レベルでは「欧米に追いつけ追い越せ」という富国強兵の物語(戦後は富国だけ)だった。個人レベルでは、「高学歴を身につけることによって、貧しく窮屈な田舎を脱出して、豊かで都市的で自由な生活を実現できる」という夢が、人々を駆り立ててきた。

 しかし八○年代初頭には、こうした国家目標も個人の目標も、ともに終わってしまう。豊かさと高学歴が、かなりの程度、日本社会に行き渡ったからである。それは、社会全体の目標がなくなり、個人も自分をどう方向づけてよいかわからない、そうした時代のはじまりだった。
 この変化は、まず教育の場面で突出した形で現れた。「高学歴を身につけて立身出世する」という、それまで勉学を支えていた「物語」が崩壊したからである。

 第一に、子どもたちはすでに豊かなのだから、勉学によって貧困から脱出するという動機を失った。さらに、高学歴がふつうになったことは、受験の努力に対する「見返り」が少なくなったことを意味する(大卒だからといって特に活躍できるわけでもない)。こうして「受験のための勉学」という目的が解体し、少年たちは「なんのため」かがわからないまま、学校に行かなくてはならなくなった(ちなみに、いじめの発生の理由を「目的を欠いた空間のなかでのヒマつぶし」と捉える見方もある)。そうした勉学の意味の解体とそれに伴った目的意識の欠如が、問題行動の背景にあるとぼくは考える。

 さらに、日本社会が「消費社会」化したことも大きく影響している。かつての世界像は「家や社会に貢献する何らかの役割を果たしてはじめて、まともな人間である」という生き方の枠(制約)を含んでいた。しかし消費社会の到来はそうした枠を取り払って、「一人ひとりが自分なりの“歓び”を汲み取るために生きる」ことを当然のものとした。
 じっさいいまの子どもたちは、幼いころから自分なりの消費生活を楽しんでいる。快を得ることを当たり前と思って育つ彼らからすれば、「集団のなかに入ること」及び「勉学」は基本的には労苦・ストレスなのであって、それに耐える理由がハッキリしないならば、逃げ出したくなるのも当然だと思う。しかし肝心のその理由(勉学の意味)が、与えられないままなのだ。

 このようにみてくると、教育についての新たな理念(勉学の意味)を再構築し共有することが非常に重要であることがわかる。そのさい、子どもたちがそれぞれ世界像(生き方)を構築する過程をどうやってサポートするか、も考えに入れなければならないだろう。
 次回は、教育理念はどこから・どうやって再構築できるか、を考えます。


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9 失われてしまった勉学の意味…これをどうやって再構築すればいいのだろうか?

〜 遠回りでも、だれもが共有できる 「スタート地点」をさぐることから始めよう

 前回は、いじめや不登校などの問題行動の根は、何のために勉強するか(勉学の意味づけ)が失われてしまったことにある、と述べた。「受験のための勉学」というかつての意味づけは、高学歴を獲得すれば貧困を脱し社会で活躍できるという「ご褒美」によって支えられていたが、高学歴と豊かさが広く行き渡っていくにつれてリアリティを失っていったのである。

 いま、教育改革が押し進められるとともに、「ゆとりか、それとも学力か」という意見の対立が新聞をにぎわしている。しかし、どちらが正しいのかを即答するのは避けよう。重要なのは、遠回りのようでも、新たな教育の理念(勉学に対する新たな意味づけ)を、根本から考えることによって、構築していくことだからだ。

 それは、大人が子どもたちに対して、「勉学は少々きつい面もあるが、〜だからこそ必要なのだ」と自信をもって言えるようになる、ということでもある。理由がわからないまま長期間勉学に従事させられる、という徒労感から子どもたちを解放しなくてはならない。

 では、教育の目的理念を、いったいどうやって構築していけばいいのか? あれこれの独断的な前提からスタートするのではなく、だれもが共有しうるような「スタート地点」を慎重にさぐる。これが「哲学」の思考法なのだが、ぼくもそういう心づもりで進めていきたい。

 まず、教育とは何か、ということから考えてみよう。さしあたってぼくは、教育とは、子どもを「社会の成員(大人)としてふさわしい存在」へと育て上げていくこと、と定義してみたい。

 どんな時代、どんな社会の人々でも、子どもを大人に育て上げなくてはならなかった。そのさいには、社会の成員として「ふさわしい」あり方が何かしら想定されていて、それが教育の営みを導いていたはずだ。

 その「ふさわしさ」は、大きく二つに分けられるだろう。一つは、働いて食べていけるために必要な能力、つまり農民なら農民としての、漁民ならば漁民としての、技能や知識。もう一つは、他の人々のあいだでふさわしいふるまいができること―基本的なルールを守り、他の人々と協力する態勢をとれること、自分に与えられた役割を果たしその責任をとれること等々、つまり、他者との関係能力である。

 では、現代社会においては、どういうことが「大人としてふさわしい」のだろうか? 教育理念を構築するとは、このことをあらためて考え、かつ共有しようとすることに他ならない。

 だが、この「共有」ということがなかなかむずかしい。そこには、社会のあり方と人間の生き方をどのようなものとして思い描くか、つまりは、異なった社会観・人間観が直接に入り込んでくるからだ。

 たとえば、ぼくが最初に挙げた「教育とは、子どもを社会の成員としてふさわしい存在にすることだ」という定義に対しても、反発を覚える人がいるだろう。「それは、社会的期待に子どもを添わせようとするよくない発想だ。教育とはむしろ、子どもの主体的な判断力を育てるものだ」というわけである。

 この意見はしかし、「社会の秩序にただ従うだけでなく、主体的な判断のもとにみずからの人生をつくりあげ、社会のあり方をも批判的に検討する人間こそが社会の成員としてふさわしい」という近代的な人間観にもとづいている。これもまた、社会の側が子どもたちに寄せる「期待」の一種というべきである。


 次回は、私たちの教育観に深く影響を及ぼしている、この近代的な人間観と社会観とをあらためて検討してみたい。それは、教育についてのさまざまな意見対立の「根」をさぐることのつながるはずである。



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10 教育の「あるべき」姿をめぐる意見の対立…これをどう考えればいいのだろうか?

私たちのもっている「社会はいかにあるべきか」という理念に立ち戻って考えてみよう


 前回は、「『なんのための勉学か』がわからないことが、子どもたちを苦しめている。新たな教育理念を再構築し共有していかなくてはならない」ということを述べた。

 教育を「子どもを、その社会の成員としてふさわしい人間に育てること」と定義してみよう。すると教育理念は、社会の理念(私たちの社会はいかにあるべきか、の理念)と切り離せないことがわかる。社会理念を思い描くことができれば、それと対応して、「社会の成員としてふさわしいこと」も、決まってくるはずだ。

 「そもそも、私たちの社会に理念なんてあるのか?」と思った方もおられるかもしれない。でもそれは、確かにある。

 まず第一に、個々人の「自由」という理念である。これは近代社会の核心をなす。私たちの生きている社会では、だれもが、自分の望む職業につくことが可能である。広くいえば、だれもが自分の人生を自分なりに形作っていくことが許されている。

 第二に、社会の成員の「対等」という理念である。「自由に自分の意志でもって人生を形作っていきたい、と望む点では、どんな人間にも変わりはない」という感覚が、対等の理念の基礎にある。出自や社会的地位や信ずる宗教に関係なく、社会の成員はすべて、法のもとで対等であり(特権者があってはならない)、政治に参加し法をつくる権利も対等である、とされる。

 第三に、「対等な市民たちによって形作られる国家」という理念である。自由を望む市民たちが、「対等な市民の共存」という観点からみて不合理な法律や制度をあらため、つくりかえていくことができる。国家は、神(ないし「お上」)が定めた神聖な秩序ではなく、あくまでも、市民たちが共存していくための秩序とみなされるが、こうした国家は「市民社会」とも呼ばれる。

 これらはあまりにも「あたりまえ」のことなので、「なんだそんなことか」と思う人もいると思う。しかしそれは、「だれもが認める出発点」になりうる、ということでもある。ぼくは、この「市民社会の理念」に立ち戻りそれを鍛えていくことによって、生き生きとした社会理念と教育理念を再構築していくことができると考えている。もちろん、これからそれを論証していかなくてはならないわけだが。

 そのための練習問題として、「社会に役立つ人間を育てるのか、それとも、自由で批判的な判断力をもつ人間を育てるのか」という教育観の対立を、とりあげてみたい。

 一方で、「教育は要するに子どもが有利に生きていくための手段なのだ、なるべく高い学力を身につけさせてやりたい」ということが、親たちのホンネのなかにある。経済界もまた「能力ある人材」を求めている。こうして、「教育の目的は、社会に役立つ・能力ある人間を育てることにある」という教育観は、現実に根ざした強いリアリティをもっている。

 しかし他方で、こうした教育観に対する根強い反発もある。「それでは結局、学校教育は、企業の要請に従った意味での『優秀な』人間、つまり、生産性の高い人間を育てようとするものとなり、また、そうした生産性のモノサシでもって子どもたちを選別していくシステムとなる。そうではなく、子どもじしんの自主性と主体的な判断力を、さらには、自分を含めた人々の生き方とこの社会のあり方とを批判的にとらえ直す力を、育てていくのでなくてはならない」。いわゆる「自由教育」の立場である。

 でもなぜ、「自由」を重視する立場と「有能な人材」を重視する立場は、対立してしまうのか? どちらも大切に思えるが、この二つは架橋不可能なのか? 皆さんもしばらく、考えてみてください。次回はこの問題をつっこんで考えます。


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11 「自由な個人」と「社会の一員」、この二つの立場は対立するものなのだろうか?

〜 私たちの社会の歴史をふまえながら、この二つの立場の“橋渡し”を考えてみよう

 「学校」を批判するさまざまな言説がある。「学校とは、個々人を、命令のもとで能率的に働く組織の歯車へと“調教”するものだ」「学校教育を導いているのは、結局は資本の要求する“生産性”というモノサシだ。そのもとで生徒たちは競争させられ、ついてこれないものや疑問を抱くものは切り捨てられる。学校とはこのような巨大な選別のシステムなのだ」。

 こうした言い方を耳にするとき、かつての学校時代を思い出して、「うーん、そうかもしれない」と思ってしまう人も少なくないだろう。そして、それとはちがう“ほんらいあるべき教育”を思い描くと、「子ども本来の個性をのびのびと実現させることを目標とすべきであって、競争の圧力のもとに子どもをさらしてはならない」、たとえばこういうものになってくる。

 そこでは、「個々人の自由」(自由にみずからの欲求や個性を実現する)と、「社会の一員になること」(仕事に就いて能力と知識を発揮する)とは対立的にイメージされる。しかしこうした“理想教育論”は、「やっぱり勉強していい大学に行くのがいいに決まっている」という“現実的な意見”を説得しえない。

 でもなぜ、このような学校批判の言説が生まれてきたのだろうか? 近代初頭から大づかみに歴史をたどってみよう。

 近代以前の社会では、個々人は身分とそれに応じた役割に拘束されていたが、近代は広く個々人の「自由」=各人が各自の生き方を自由につくってよいという理念、が成り立つ。それと同時に、自由に生きたいと願う点ではどんな人でも対等(平等)である、という理念も成り立つ。こうして個々人は、自分の意志で企業にはったり、自分たちで起業したり、さまざまなサークルをつくって楽しんだりできるようになる。社会全体も“対等な人々(市民)によってつくりあげられる秩序”とみなされて、都合が悪ければ改変できるようになる。

 ところが、この自由な市民からなる社会という理念は、一九世紀に大きな障壁にぶつかる。資本主義と国民国家である。最大限の利潤を求めて運動する資本は極端な貧富の差をもたらし、さらに新たな市場と安い労働力・原材料を海外に求めて植民地獲得競争(戦争)を引き起こす。どの国家も富国強兵策をとり、教育を国民に広く行き渡らせて、集団的統率のもとに動く優秀な労働力を大量につくりだそうとする。――ここに、「教育とは調教である」という見方が出てくる理由がある。

 日本ではとくに後発国として近代化を押し進める必要があったため、「自由な独立した市民へと教育する」という観点が弱く、「優秀な労働力をつくる」という観点での学校教育が行われ、その面ではかなりの成功をおさめてきた。

 しかし「後発近代」が終わったいま、私たちは、「知識を教え込む・有無をいわさず規律に従わせる・全員が競争させられる」といったこれまでの教育に大きな疑問を抱いている。それは私たちが、「他者を傷つけないかぎり、一人ひとりが自分の快楽と欲望を追求してよい」という自由の感覚を手にしてしまったからだ。

 だとすれば私たちは、「自由な市民からなる社会」及び「自由な主体を育てるための教育」という近代初発の理念を、あらためて見直してよい。そして、自由な主体を育てるとは単なる個性の実現ではない。1.みずから人生を形作りうる主体性(自由な判断力と自分なりの価値観)、2.社会や集団の一員としての主体性(集団のルールを自分たちでつくって守る。都合の悪いことがあれば、ルール変更の申し立てをして他者を説得する)、3.将来の社会の一員としての基礎知識(職業選択の自由を実質的に保証するために必須)、こうしたことが教育の目標となるはずである。「自由」と「社会の一員」とを対立させるべきではない、と考える。


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12 いったい、なんのために「学校」はあるのだろうか?

〜私たちの社会生活にとって必要なことはなにか、という視点から考えてみよう



 近代以前の社会のあり方をイメージしてみる。すると、教育の主たる目的が、子どもをその時代のなかで生きていくために必要な能力―武士だったら剣術、商人だったらソロバン―を身につけさせることだった、ということがすぐにわかる。「これは、お前が将来生きていくために必要なことなのだよ」という大人の側からの理由づけは、子どもにとってもわかりやすく、納得しやすいものだっただろう。

 それに対して、近代の教育は、小学校から大学までという「学校」中心のものとなっている。そこでの教育は「なんのためか」もわかりにくいし、かつその期間はひどく長い。では、そもそもなぜ学校が必要とされたのか? そして、ほんとうに学校は必要なものなのか? 今回はこのことを考えてみたい。

 近代以前の社会と近代社会とのちがいを考えてみると、1近代以前の社会では、職業はおのずと定められていることが多く、選択の幅はきわめて小さかった。2生まれて死ぬまで同じコミュニティのなかで暮らす人が多かった。

 それに対して近代社会では、人々は自由に職業を選択できる。また国内ならば自由に移動することもできるし、自由に起業したり、趣味やボランティアのサークルをつくって活動できる。

 つまり、近代社会では一人ひとりの「自由」という理念が大切にされ、さまざまな自由な活動が保証されている。そしてそれに対応して、社会の側も、不特定多数の人々やモノや情報がさまざまに行き交う空間となっている。

 不特定多数の人間たちと関係を取り結んで生きていくためには、特定のコミュニティのなかしか通用しないローカルな知識やルール感覚とはちがった、より一般的な知識や技能やルール感覚が必要とされるはずだ。「職業選択の自由」という点からみても、やはり一般的な知識(=直接に何に役立つのかはわからないような種類の知識)をある程度身につけておくことが必要なのであって、それを欠くと、本人が専門的な知的な職業に就きたいと思ったときに苦労することになる。

 そこからみるとき、学校という制度は、「一般的な知識と一般的なルール感覚」を身につけさせるために要請されたものである、と考えることができる。

 もっとも、知識はインターネット学習でも獲得できるようになってきたが、ルール感覚についてはそうはいかない。これまでしばしば強調してきたように、ただルールに従ったり集団に同調したりするのではなく、必要なルールを取り決めたり、不都合だと思われるルールの改変を提案したりできるような、集団を営む能力―近代的な意味での一般的なルール感覚―を育てるのは、やはり学校という場の課題であるはずだ。いまの学校がその機能を充分果たしているとはいいにくいとしても。

 もう一つ、近代社会において重要なポイントがある。自由が認められるということは、自分でもって生き方をつくっていかねばならない、ということを意味する。「何がよく何が悪いことなのか、どういうことが価値ある生き方といえるのか」。近代社会において、人は(特に青年期には必ず)そういった問いを抱え込む。

 大学は、社会と人間について問いながら「自身の生き方」を考える場所でもあった。有用な知識の獲得ということを越えて、「みずから問い・考え・議論しあう」という、主体的な知の営みの場。しかしいま、多くの大学が、資格取りのための「専門学校化」しつつある。

 学校を否定したり無用とみなす論もある。しかし自由の理念を私たちが守り育もうと思うのなら、学校を「自由な社会生活を可能にするための制度」とみなした上で、具体的にはどう機能すべきかを考えたほうが生産的であると思う。次回はこのことを考えてみたい。



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13 いったい、なんのために「学校」はあるのだろうか?(その2)

〜いまの学校の姿をふまえながら学校の「はたらき」を考えてみよう



 前回の復習からはじめます。近代社会は、親の職業を子が継ぎ、一生を共同体の仲間たちと暮らしていくような前近代的社会とは大きく異なる。一人ひとりが自由に職業を選択し、不特定多数の人間たちと出会い関係をつくりあげていかねばならない。そういう社会に対応した教育の機関が「学校」なのだ、と述べた。

 では学校教育に必須なポイントは何か。それは実際の学校教育のなかではどうなっているか。このことを今回は検討してみたい。

 まず必須なことは、ローカルな知識と技能ではない「一般的な知識と技能」を与えることである。不特定多数の人間たちと関係するためには、一般的知識がどうしても必要となる。これは、「職業選択の自由」を実質的に保証するためにも大切だ。一般的知識が欠けていれば、専門的知識の取得も難しくなるからだ。

 では、いまの学校はどうか。いちばん問題なのは、横並び一線の教育である。「最終的に中学三年生(あるいは高校三年生)修了時点で一定の知識を身につけていればよい」はずなのに、自分に合ったゆっくりしたペースで進んだり、サボってしまった教科を後からやり直すことが許されない。とくに小学生は発達の個体差がきわめて大きいのに、なぜか横並びである。

 社会学者の橋爪大三郎さんが提案されているように(堤清二・橋爪大三郎『選択・責任・連帯の教育改革』岩波ブックレット』)、「高卒検定」「中卒検定」のような資格を設けて、車の免許を取るのと同じ感覚にする手もある。授業がわからなくなってしまったら、基礎クラスからやり直せばよい、それは何も恥ずかしいことではない(身につけないままでいるほうが恥ずかしい)というふうになるのが望ましい。

 「なんのために学校にいくのか」の答えを、大人たちがきちんと「言える」ようになるのも重要だ。「高学歴を身につければ立身出世できる」という、かつての勉学の意味づけが崩れてしまったいま、それに代わる新たな意味づけとして、「社会の一員として生きていくために必要なことがあります、これこれは中学三年までに体得すべきことなのですよ」とハッキリと大人が(教員も親も)言う。そうすれば、生徒たちも「検定はちゃんととらなくちゃ」と思うようになっていくだろう。

 第二に、ローカルなルール感覚ではない「一般的なルール感覚」を身につけさせることである。不特定多数の人びとと関係を取り結んでいくためには、〈ルールをつくりあげたり改変したりできること〉が必須であり、そのためには〈言葉でもって相手に必要なことを伝える能力〉が欠かせない。そしてこの訓練のためには、やはりなんらかの集団的な場が必要で、学校はそういうものとして機能すべきである。

 しかしいまの学校はどうか。クラスの雰囲気に「同調」する能力を身につける場、になっていないか。ルール創出・改変の能力を育てる必要を、親や教員は、また文部科学省は、明確に意識しているだろうか。

 たとえば文部科学省が配布している『心のノート』をみると、「心がけをよくしなさい」とあるだけで、「実際の相互関係をどうつくりあげるか」という視点がまったくないのに驚く。「相手との関係や集団のあり方に不満が出てきた場合、それをどうやって相手や集団に返し、議論していくのか」ということがなく、ただ「集団の一員としての自覚や規律を大切に」ということだけが言われるのである。

 第三に、さまざまな意見や社会のあり方に対する「批判的」な知性を育てることである。近代とは単なる経済発展ではない。「自由に議論しあう批判的知性」こそ、近代初頭の人びとがめざしたものだった。それは、より深く大切に生きること・より望ましい社会をつくること、につながるはずだからだ。この論点は次回に。


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